中野寛成 (前・衆議院議員副議長)
昭和15年11月26日 長崎市生まれ。中学2年で大阪府豊中市へ転居。 |
| おいたち |
昭和15年11月26日、長崎市生まれ。
満4歳の時、原爆体験。呉服商の父が倒産し、昭和29年8月、中学2年の時に豊中市へ。
アルバイトで家計を助けつつ苦学。 |
| 学歴 |
| 昭和31年3月 |
豊中四中卒業 |
| 昭和34年3月 |
豊中高校卒業 |
| 昭和38年3月 |
関西大学法学部卒業 |
|
| 職歴 |
| 昭和38年4月 |
税理士事務所勤務。府議会議員秘書。 |
| 平成10年4月 |
大阪経済法科大学客員教授。 |
|
| 議員活動 |
| 昭和41年5月 |
豊中市議会議員補欠選挙に当選(25歳)。連続3回当選。 |
| 昭和47年5月 |
豊中市議会副議長(31歳) |
| 昭和51年12月 |
衆議院議員に当選(36歳) 連続10回当選 衆議院外務委員長に就任 裁判官訴追委員に就任 |
| 平成12年7月 |
衆議院憲法調査会会長代理に就任 |
| 平成15年11月 |
第158特別国会にて衆議院副議長に就任 |
| 平成17年9月 |
衆議院選挙で次点 |
|
| 政党活動 |
| 昭和35年10月 |
民社党に入党(大学2年) 書記長、政策審議会長等を歴任 |
| 平成6年12月 |
新進党を結成 政策審議会長、国会対策委員長等を歴任 |
| 平成10年1月 |
新党友愛を結成。党代表 |
| 平成10年4月 |
民主党に統一 党代表代行、政策調査会長等を歴任 |
| 平成14年9月 |
民主党幹事長に就任 |
| 現在 |
民主党大阪府総支部連合会特別代表就任 民主党大阪府第8区総支部総支部長 |
|
| 経歴 |
| 憲法問題 |
元・衆議院憲法調査会 会長代理 元・民主党憲法調査会 会長、「創憲」を提唱 |
| 皇室典範等 |
前衆議院議員副議長(皇室会議議員) |
| 外交・安全保障 |
元・衆議院外務委員会 委員長 |
| 平和と核兵器 |
満4歳のとき長崎で原爆体験 |
| 日韓問題 |
元・衆議院外務委員長 元・日韓議員連盟(超党派) 副会長 |
| 日台関係 |
元・民主党日台友好議員懇談会 会長 |
政治改革・
国会改革 |
前・衆議院議員副議長 |
| 教育問題 |
元・民主党教育基本問題調査会 会長 元・衆議院文教常任委員会 理事 |
| 人権問題 |
元・民主党部落解放推進委員長 |
| 税制 |
元・民主党税制調査会 会長 |
| 政策全般 |
元・民主党政調会長、新進党政調会長、民社党政審会長 |
| 地方分権 |
元・地方制度調査会委員、元・豊中市議会副議長 |
| 政局 |
元・民主党副代表・幹事長 元・民社党書記長 元・新進党国会対策委員長・政策審議会会長 |
政党と
労働組合 |
元・民主党幹事長、元・民社党書記長 |
| バラエティ |
前・国会コーラス愛好会会長(カンツォーネ、シャンソンが趣味) |
| 著書 |
「友愛国家の創造」富士社会教育センター刊 |
|